第10章 それでも貴方が好きでした
「思い出?」
首を傾げる貴方は、ピンと髪の毛を真っ直ぐたてて左右に揺らしてわかったと笑った。
「いいよ、どこに行こうか?夜だから限られてるけど、僕はバッティングセンターがいいな」
にぱっと笑う貴方、言葉の意味をまるでわかってないようでどうしていいかこちらもわからない。
「最後だし、せっかくだからカッコイイとこみて欲しいし。頑張ってホームラン狙いマッスル!」
そう言って歩き出そうとした時、私は十四松くんの袖を掴み直してフルフルと首を左右に振った。
「どうし...」
「抱いて」
貴方が言葉を言い終わる前に、短くいいきった。
鈍感な貴方では、他にどんな濁した言い方をしても伝わらないと思ったからだ。
掴んだ袖がかすかに震える。
私が震えているのか、貴方が震えているのかわからなかった。
「できないよ、そんな事。そんな事したら、僕は本当に君を好きって事じゃなくなっちゃうでしょ?」
時が止まった。
裾を掴んだまま、口に手を当てて隠した。
私はなんて事を言っているんだろう?
最低だ、最低だ、最低だ。
頭の中でガンガンと木霊する自分の声。
私は十四松くんの想いを今無下にしたんだ。
優しい声でゆっくりとはっきりと拒絶され、それがようやくわかった気がした。
なんて、なんて馬鹿な私。
貴方は私の思いどおりにはならない。
いつだってそう、けれどそんな貴方が好きだった。
こんな最低な事を言った私にどうしてこうも貴方は優しいのだろう、どうしてここまで優しくできるのだろうと思えば思うほどに零れる涙。
「ごめんね」
下を向く貴方は、小さくそう言って私の指を離そうと掴む。
冷たい私の手と、暖かい貴方の手。
汚い私と綺麗な貴方。
「もう、行って...」
これ以上自分の醜態を晒したくなくて、私は叫んだ。
「十四松くんなんか、十四松くんなんか嫌い、大嫌い!二度と私の目の前に現れないで!」
この後で貴方が何を言ったのか思い出せないけれど、酷く悲しい顔をしていた事だけははっきりと覚えている。