第8章 どうか無いものねだりでも
頭が重い。
うっすらと目を開ければ、まだ闇の中だ。
とはいえチラリとみたスマホ画面は、朝の7時ぴったりだった。
ラブホテルは終わらない夢みたいにかわらない時の中にいるように思えるが、実際に時間は進んでいる。
ふと現実に戻ったんだと落胆すれば、首下にあった暖かい熱に違和感を感じた。
「夢...じゃなかったみたい」
すやすやと私に腕枕したまま眠っている人を見れば、昨日の事を思い出す。
身体中の水分が足りないせいもあって体がダルいということも納得だ。
起きないととは思うが、この幸せな時を壊すのもなんてくすぐったい気持ちにふふっと笑ってしまう。
けれど、その笑みはしだいに薄れていき、そおっと彼を残してベットから這い出す。
暗闇の中、よたよたと冷蔵庫に向かい、備え付けのペットボトルの水を飲み干しため息をつく。
水ってこんなに美味しかったろうかなんて、ぼんやりと考えつつシャワーへと向かう。
少し熱めのシャワーを浴び、部屋に向かえばまだ夢の中にいる一松くん。爆睡型なのか本当によく眠っている。
ゆっくりと彼に近づき、頭をひとなでするとんんっと低い声がする。
その後ふにゃっと笑った気がして、その愛らしい顔にきゅうっとする。
抱きしめてしまいたい気持ちをおさえ、私はささっと身支度をすませる。
財布から1万円ほど取り出し、そっと机に置く。
そんなつもりはないのが、彼を1日買ったみたいで少し嫌な感じだ。
できるだけ音を立てないようにと出口に向かう。
一松くんを気遣ってドライヤーを使わなかったから、髪が冷たい。
その冷たさに心まで冷えていくようでまた泣きそうになる。
もうきっと、会うことはない。
会えない。
揺らぐ視界にぐっと涙をこらえる。
「一松くん、ごめんね」
後ろを振り向かず、扉を開けて逃げるようにその場所を出ていく。1分1秒でも速く彼から離れないと、私はまた無いものねだりをするだろうから。