第8章 どうか無いものねだりでも
〜一松side〜
かたんと扉の閉まる音を確認してから、ふっと目を開ければまだ闇の中だ。
ぼんやりとした意識の中、自分の乱れた頭を触る。
最後の最後、そっと触れられた手は柔らかくてこのまま布団に引きずりこんでやろうかと思った。
1人になったベット、布団を抱き寄せてギュッとする。
ほんの少しだけ、透の残り香がして胸が苦しい。
「ごめん、はオレの方なのに」
昨日の夜、透が眠った後シャワーを浴びて戻ってきたらたまたま見えてしまったスマホ画面。
【どこにいるの?心配してんだけど】
そう書かれた文面に、思わずスマホを叩きわりそうになった。モヤモヤとどす黒い気持ちが溢れて、ただ画面を睨みつける。
そんな資格なんてないのに...。
それなのにピコンとまた通知がくるものだから、嫌でも目に入ってしまう。
【待ってたんだよ、俺】
その文面にピタリと時が止まって、透を見つめる。
「...すっぽかして、オレのとこに来たってこと?」
呆然としているさなか、透はベットの空いているスペースを手でさすりだす。
そして一通りその行動を繰り返したあと、少し悲しそうな顔をした気がしたから傍によってみる。
少ししたら、腕が伸びてきてオレのバスローブの裾を掴んだ。
そしたら透はふんわりと笑った気がして、スマホの通知なんてどうでもよくなった。
だから、今だけでもって柄にもなく透を抱きしめて寝た。
信じられないくらい幸せな夢だって、自分に言い聞かせながら。
明日が来てしまうのは、幸せ借金の返済なんだって。
こんないい女、男がいないわけない。
どこかでわかっていたけど、この気持ちを止めるすべが見当たらなくて透をホテルに連れ込んだ。
「...本当に、無いものねだりって身を滅ぼすよね」
ぼそっと呟いてから、また瞼を閉じる。
もうきっと会うことはないだろう。
けど、あんたを忘れる事もない。
オレの中の花は咲いたまんまだよ。
ずっと、ずっと...。
~END~