第8章 どうか無いものねだりでも
シャワーの音が部屋に響く。
あの後無言でひっぱられ、連れてこられた先は言うまでもなくラブホテルだった。
淡い照明がパステルグリーンの壁を柔らかく目に映す。
先にシャワーを浴びた私は、洗面台の前にいてこれからおこる出来事の用意をする。
下着を外して、バスローブを1枚だけ羽織る姿を鏡にうつす。
随分と腫れてしまった瞼。
少し困ったような表情を浮かべ、ふうっとため息を吐く。
そうこうしているうちに、キュッとシャワーを閉める音が響きガチャりと音がした。
「あっ...」
言葉に詰まる。
何も羽織ってない一松くんの身体から滴り落ちる雫を目で追う。
彼の焼けていない白めの肌が好きだった。
それは昔と変わらず、胸がどくんとなる。
じわりと下半身が濡れていく。
バスローブを着ていてよかった、こんな恥ずかしい事を知られたくはない。
彼の肌を伝う水にさえ嫉妬してしまうだなんて、なんていやらしい女。
「なに、そんなまじまじ見て、昔と変わらないでしょ」
ふいっとあさっての方向を見ながら一松くんは頬をほんの少しだけ赤く染めた。
「そうだね、昔と同じで凄く綺麗」
私の言葉に目を見開いて、片手で口元を隠す一松くん。ふと思い出したそれは恥ずかしさを隠す仕草だ。
ほら、顔が赤い。
「男が綺麗とか言われても嬉しくないんだけど」
初めての時も同じ仕草をしていた事を思い出す。あんまり見ないでと目をそらしてた一松くんは本当に可愛かった。
口数の少ない彼は表情に出やすくて、けれど人はあまり人の表情をまじまじとはみないから分かりにくい。こんなにもわかりやすい人なのに、それを知っているのは私だけなのだと思うと嬉しかった時を思い出す。
変わらない一松くん。
少し変わったのは、もうあどけなさが残っていない男だと言うことだろうか。
ぼんやりとしていればいつの間にかバスローブを羽織った一松くんに手をひかれる。
シャワーの後のせいだろう、彼の手は暖かい。