第8章 どうか無いものねだりでも
〜主人公side〜
せめて最後は笑顔で...。
そう願って口角をあげたのに、響く足音が大きく近づいてくる。
あぁ、どうかそれ以上来ないで。
目の前が見えなくなる。
あれだけ流した涙がまた溢れそうになる。
人はどれくらい水分を流したら死んでしまうんだろう?
腫れた瞼がさらに赤くなる。
こんなひどい顔を見られたくない。
逃げなきゃと動かそうとする足、けれど前すらも見えない私がどこへ逃げられるんだろう。
戻って来てくれた、と思ってしまうずるい私がどこにも行けるわけはない。
苦しそうな顔が目の中の水面に揺れる。
「また泣かせちゃっ...たね...」
息を切らして彼はそう言う。
私を心配して見つめる彼の瞳は、昔となにも変わらなく綺麗でそれでいて悲しい。
そんな顔をされてしまったら、そんな言葉を言われてしまったら、私は貴方を諦めきれない。
落ちる涙がいやというほど私に教えたのは、辛く苦しく手放したいのに手放させない愛しい想い。
「お願い、一松くん。最後にちゃんと私をふって?私の事が嫌いだって言って?じゃないと私ここから前に進めない」
ずっとずっと忘れられなかった。
あの日の夕焼けも、卒業式に焼き付けた後ろ姿も...。
最後はどうか貴方のその手で摘み取って...。
目を瞑って言葉を待つ。
「そんな事言えるならとっくに言ってる」
頭に優しく添えられる手、そのままグイッと引き寄せられた。
「...ねぇ、無いものねだりしてみてもいい?」
それがどちらから出た言葉なのか、知っているのは空に浮かぶ月だけ...。