第8章 どうか無いものねだりでも
ふんわりと透の匂いと、冬のすこし鉄臭いような匂いが混ざる。
さて、抱き締めたもののこの後どうすればよいのかと右往左往する視線。
突然好きだっただなんて言ってしまったから、オレもオレで心臓が壊れそうだ。ドクドクとうるさくなる心臓の音。
好きだったよだなんて、きっと嘘。
今もまだ。
忘れられていない。
心の隅で封印してた気持ちがあふれそうで、怖かった。
「一松くん、苦しい」
「あ...ごめん」
さらっと離してしまえば、とたんに2人の間にあった熱が無くなって冷えてゆく。
地面に落ちている本を拾ってホコリをはらう。
屈んだ瞬間、ズボンのポケットに違和感を感じ思い出したように中身を引っ張り出した。
「これ」
そっと渡した缶コーヒー。
少しぬるくなってしまったけど、きっとないよりはマシ。
「ありがとう」
コーヒーを受け取る手は随分と冷えてて、どれくらいここに居たんだろうなんて野暮な質問をしてしまいそうになる。
なんとも言えない空気が流れて、それにたえられなくなって口をわる。
「...それじゃあ」
言い逃げが1番いい。
卑怯でもずるくても、言いたいことは言えたんだし。
それに、よく考えてみれば何年前の話を持ち出したものだろう。逆に気持ち悪いかもしれない。
くるりと透のいる方向と別の方をみて歩き出す。
公園の猫達に会えないのは残念だけれど、ここに来るのはやめよう。
きっと会うことはもうない。
それでいい。
思い出は綺麗なままで、きっとその方が幸せだから。