第8章 どうか無いものねだりでも
〜一松side〜
...どうして気づいたんだろう。
手に熱を感じる。
透から視界を奪って、塞いだ。
かけだった。
もし、気づいたらきっと離してあげられなくなる。
落ちた本に目を落とし、1つ息をこぼしてから空を見る。
気づいて欲しくなかったし、気づいて欲しかったし、結局はどっちなんだろう。
ぼんやり空を見れば、浮かぶ月。
長かった。
ただそれだけ。
無いものねだりなんて本当にするもんじゃない。
「...一松くん」
震える声。
手に感じる熱はもう随分と暖かくなってきて、冷えていた手が火傷してしまいそう。
ねぇ、泣いてんの?
なんで泣くの?
「...泣かないで」
塞いだ視界、手のひらからこぼれ出す水。
石畳が濡れて、そこだけ雨でも降ったみたい。
「どうして?一松くん、どうして言ってくれなかったの?」
透の涙声がひどく胸に響く。
「...なにを?」
古くなった本は冬の風に煽られて、自分がずっと開いていたページを開けた。
最終ページに消えない文字は、もうかすれていて消えてしまいそうだ。
【透と一緒にいたい】
小さく小さく書いたそれは、もうずっと昔に書いたもの。
何度も何度も指でなぞった。
そこだけ黒ずんでいるのは、オレがそこに水分を落としすぎたから。
「...そんなキャラじゃないし」
ボソボソとでた答えは全然思ってる事と違う。
言えなかった理由なんて今さら言えない。
言うつもりもない。
ただ...。
「オレ、透の事ちゃんと好きだったよ」
それだけ
それだけを伝えるために何年かかったんだろう?
笑ってしまいそうなほど長くて、それでも色褪せなかった記憶。
「あれだよね。こんなゴミにずっと覚えられてて本当に可哀想」
「ネガティブは相変わらずなんだ」
「泣くのか、笑うのかどっちかにしなよ」
どうせなら笑ってと、簡単に言えない自分は昔とはなにもかわらない。
「オレに会うなんて、どんな気分?」
「会えて...よかった」
迷いなくそう言った透を強く抱き締めた。