第8章 どうか無いものねだりでも
目がヒリヒリと痛い。
身体中の水分を受け止めるには、瞼の皮は薄すぎるのではないかとうっすらと思った。
見下ろす半月は白く、公園についた時よりも高い位置で輝いている。
どれほど時がたったのかわからないが、もう時計を確認する事すらも煩わしい。
水分の抜けた身体は重くて、立ち上がる事さえも困難で死んでしまうんじゃないかと錯覚するほどだ。
自分の位置よりもずっと遠い月を目に宿し、立ち上がる。
ここで泣いていても、きっと彼は来ないだろう。
心の片隅に置いていた《もしかしたら》を捨ててしまおう。
重い腰をあげ、ベンチから数歩歩き出す。
が、ピタリとその場でとまった。
軽いとはいえない足取りを止めたのは、抱き上げていた本の中身がブックカバー残し石畳にパサりと落ちたからだ。
「...これ、田園の憂鬱?」
それは、私の本ではなかった。
ブックカバーから落ちてしまったその本は、彼と話すきっかけになった本。
空っぽになったブックカバーを見れば、不思議な事に気づく。
本の留め具になる部分の布生地がほつれて、やぶれているのだ。
「これ、私のじゃない...」
あまりにも自分のものとそっくりすぎるブックカバーをまじまじと見つめ、首をひねる。
偶然にしてはでき過ぎていて、少し怖いくらいだ。
落ちた本にそっと手を伸ばす。
開いてしまったページをそのままくるりと上に向けて持ち上げた。
随分とボロボロの本、パラパラとめくっていけばよれてくたびれた最終ページへとたどり着く。
「....!?」
声が出なかった。
と言うよりも出せなかったのだ。
真っ黒になる視界。
パサりと小さく音を立てて、本が手からすり抜け、月が隠れる。
白い白い半月が、黒い闇に飲まれてみえなくなった。