第8章 どうか無いものねだりでも
暗い空に半月がぽつりと輝く。
仕事には間に合ったが、後ろ髪をひかれたままの気持ちは今もまだあの場所に残っている。
とぼとぼと歩く道は寂しくて、本格的な冬の風が足元をすくえば芯から冷えていく。
いつもならスマホを見てやれ何時だと急く気持ちが、今日はどこへやらだ。
見つめるのが画面ではなく、1人で輝くあの半月。
月は、1人で輝いていて寂しくはないのだろうか?
厚めのコートを身に纏い、つかつかと石畳の道を歩く。
向かう先は公園。
もしかしたら?
ひょっとしたら?
そんな淡い期待を胸に潜ませて。
こつりと名残音が響いて、自分のいたベンチを見ればふっと思わず笑ってしまう。
「いるわけ、ない、か」
まだ寒いのだから当たり前だ。
こんな所でずっと待ってるなんて、そんなことありえない。
「いい歳した大人が...」
口にした言葉が夜闇に消えていけば、妙に寂しさが増してきて、鼻の奥がツンとした。
おかしい、おかしい、おかしい
いい歳した大人だよ、そう私は大人なんだ。
夢見がちなあの頃とはもう違うんだ。
「なに、夢みてんだか」
昼間座っていたベンチに腰を下ろす。
そうだ、上を向こう。
涙が落ちなくてすむ。
何故あの時、仕事をほっぽってでも捕まえておかなかったのかだなんて後悔しても遅い。
私は大人なんだ。
この選択は間違ってなかったんだと、自分に言い聞かそうとすればするほど視界が揺らぐ。
月がぼやけていく空に、はぁっと白い息が消えてく。
もう下も前も向けやしない。
それなのにこつりと自分の手に何かがあたるものだから、思わず下を向いてしまう。
それと同時に月をぼやかしていたものが、自分の頬に川をつくってついには落ちてコートを濡らした。