第29章 溺れる心【おそ松】※
困ったわ。これはもう、一発ずつぶん殴るしかないかもしれない。
でも、理由があるとはいえ無抵抗の人を殴るのは、さすがの私でも躊躇ってしまう。かといって無視して帰るのも…
と頭を悩ませていると、急に服の袖が引っ張られた。
「え…おそ松?」
寝ているはずの彼が、テーブルに突っ伏したまま、手だけを動かして袖を掴んでいる。
もしや狸寝入り?と顔を覗いてみたけど、角度的によく見えない。でも寝息は不自然じゃないし…
うーん…寝ぼけてるのかなんなのか…とりあえず帰り辛くなったわ…
私は小さくため息をつき、彼の隣に腰を下ろした。
「…少しだけだからね」
疲れてて早く帰りたいはずなのに、なんだか彼に求められてる気がして帰るに帰れず。
結局私は、彼が自然と目を覚ますまで側にいてあげることにしたのだった。
…なんだけど。
屋台に来てから、およそ一時間。案の定彼らは眠ったまま、全く起きる素振りを見せない。
スマホのアプリで遊びながら時間を潰していたけれど、電池もなくなりそうだしそろそろ目覚めてくれないかな…やっぱり叩き起こすしかないのかしら。
…いえ、それよりも。
目の前に広がる飯テロ…もとい、おでんの神々しさ足るや…!
さっきからずっと我慢してるのよ!チビ太が寝てる隙に大根くらい拝借したいなと思ったけど、私はきちんと物事の分別がつく大人…!そんな意地汚いことはしない…!できない…!
おでんすらまともに食べられないほどの金欠って…はぁぁ…
空腹の体に鞭打つような真似をしてまで、私ったら一体何をしているのかしら。力ずくなら起こすのは簡単なのにそれができないのは、
私にとって、彼が大切な存在だからなのかもしれないわね…。
「…おそ松。ねぇ、いい加減起きて。風邪引くわよ。それにあまり帰りが遅いと、みんな心配するんじゃない?」
もう一度、肩を揺さぶってみる。でも彼は僅かに唸っただけで、身動ぎもしない。
夜中に飲んでこうなるの、日常茶飯事なのかな。彼ならありえそうだけど、この若さで屋台で泥酔とか笑えないわよ。