第5章 雨催い
手入れ部屋に着くと、一言断ってから部屋へ入る。そこには正座をして俺のことを待っていた前田がいた。
「待たせたか?」
片手で襖を閉めながら問う。前田は首を横に振り、硬い表情で答えた。
「いえ、僕も先ほど来たばかりです」
正された姿勢。膝に置かれた拳は力が入り、白くなっている。うん、緊張してるなぁ。
腕の中に抱えていたこんのすけを下ろし、前田の前に腰を据える。俺の一挙手一投足を見逃さないとでもいうように、全ての動作を負う視線はどこか怯えを含んでいた。
「こんのすけ、」
前田が何を経験し、どんな思いでこの場に居座っているのか、俺には分からない。こんのすけも知らないと言っていた。
せめてこの緊張を少しでも解いてあげらればと、こんのすけの名前を呼ぶ。こんのすけは俺の言いたいことを正しく理解したらしく、俺の横から前田の横へと移動した。
「前田さま、私目はこんのすけと言います。前の私とは面識がありましたか?どうか、こんのすけとお呼び下さいね」
こてん、と首を傾げ耳を少しばかり垂れさせる。まるで犬が頭を撫でてもらえるのを待つかのような仕草に、前田の肩から少しずつ力が抜ける。
見逃さなかったこんのすけが、すかさず前田の膝に前足をてし、と乗せた。まるで撫でるのを催促するかのようだ。
「そ、その…、触れても?」
恐る恐るといった風に、前田が聞く。俺が答える前に、こんのすけが強く頷き尻尾を振った。
「では、失礼しますね」
こんのすけ相手にも丁寧な言葉で接する前田が、こんのすけに触れる。柔らかいその毛並みに満足が行ったのか、ようやく強張りが解け、前田からは笑みが零れた。