第4章 玉蜻
「小夜のときも、結界を張っていなかった。神格が下がった小夜を見て、お前は何を考えた?」
一歩。鶴丸が近づく。
「そうなることを見越して、結界を張らなかったんじゃないのか?」
また、一歩。
「最近じゃ、刀剣男士とよく話すようになったと聞く。…大和守たちに取り入って、この本丸をどうしようとしてる?」
もう一歩。距離は近い。
「………あの女と同じだ」
囁くように言われた。あの女、とは誰のことだろう。
「優しいふりをして、油断させて、それで俺たちをどうしようって?」
つつ、とその指先が顎に触れる。米神に汗が伝う。緊張から体は動かなかった。
この刀は本気だ。本気で、いつでも俺を殺せる。
そして、殺そうとしている。
命が掌の上にある。その事実は、言いようのない恐怖を連れてきた。
「なぁ、言ってごらん」
突然、先ほどまでの鋭さは鳴りを潜め、恐ろしいほどに優しい声で促される。
「今なら、許してやるから」
甘くて、狂気をはらんだ声。ぞくり、と脳の奥が痺れる。唇が震える。音を発そうとして、だめだ、と思い直す。
自由な掌で拳を作り、皮膚に爪を食い込ませる。霞がかった脳は、徐々に痛みでクリアになっていく。
「…この本丸を、たてなおす」
声は震え、情けないことになっていた。だが、言葉になればこちらのものだ。
乾いた唇を湿らし、彼の瞳を見つめる。