第3章 八雲
「つらかったな、」
「五月蝿い」
「かなしかったろ」
「五月蝿い」
「なぁ、」
「うるさいうるさいうるさい」
壊れたように繰り返す、小夜左文字。彼が、歌仙の言っていた刀。
歌仙はこうも言っていた。小夜左文字の一番の不幸は、これまで顕現してきた小夜左文字の記憶を引き継いでいることだと。
「人間が、憎いか?」
「憎い」
「殺したいほどに?」
「ころす、殺す殺す殺すコロす、ころ、す」
「人間が、」
言葉に力を込める。言霊だ。
「きらいか?」
小夜の言葉がぴたりと止まる。その隙を逃しはしない。
今だ。
肩に刺さった刀を抜く。痛みで意識がとびそうになるのを、必死で繋いだ。人を恨むあまり、刀は穢れを纏っていた。
集中しろと自分を叱咤する。患部が脈うつ。痛みを主張する。気にするな。今はこっちが優先だ。
小夜の体を抱き止めたまま、穢れを祓い必死で手入れを行う。
そうして、何とか。穢れ、返り血が錆びついていた刀は、美しい本来の姿を取り戻した。
沈黙。息はもう、絶え絶えだった。耳鳴りがする。まずい。後少しだ、耐えろ。
「人間は、」
不意に耳元で聞こえた小さなつぶやき。先ほどの狂気は鳴りを顰めていた。
「嫌いだよ」
ふっと体から力が抜ける。どんな答えでも構わなかった。答えが聞けたのなら、それでいい。
そこで記憶は途切れた。