第7章 晨星落落
「あぁ、でも…、どうしてだろうね」
歌仙は、抱きしめている腕に力を籠める。
憎いと思うのに。記憶は、辛いものばかりのはずなのに。
「君を本当に恨むことは、」
成り行きを見守っていた燭台切が、顔をそむけた。今剣の拳は、僅かに震えていた。
「最後までできなかったよ」
穏やかな声で歌仙が言ったそれは、歌仙が今まで誰にも打ち明けることができず、一人で抱えてきた本当の気持ちだった。
「本当にひどい主だった。君に僕らの仲間が傷つけられたこと、折られたこと、許せないことがたくさんある」
聞いていた刀剣男士は悔しそうに顔を歪める。その日々のことを思い出しているようだった。
「なのに、……なのに、」
歌仙の吐き出した息が震える。眉根が寄って、瞳がきつく閉じられた。
「僕を手に取った時の、君の嬉しそうな顔が忘れられないんだ」
言葉は確かに、その場にいた者たちの耳に届いた。ぴくり、と亡霊の指先が震える。
「こんな、ただのどこにでもあるような鈴を」
鈴を贈ったときの、主の嬉しそうな顔を覚えている。
大切にする、そう言って受け取ってくれた温かく優しい手を覚えている。
「顔も見たくない、って、言っていた僕たちのことを」
叫ぶような声で、確かに傷つけられたことを覚えている。
けれど、そのときの主の顔を、果たしてちゃんと見ていただろうか。
「大切なんだと」
もしかすると、それはただの歌仙の願望なのかもしれない。それでも、今主の亡霊が鳴いているように、本当は、ずっと、心の内で、或いは見えないところで、
「最後まで捨てることのできない君が」
泣いていたんじゃないだろうか。
「そんな君を、」
本当に悪いのは、主ばかりだったのだろうか。
「僕はどうして、救えなかったんだろう」
歌仙の瞳から涙が零れる。そこには、多分に後悔が含まれていた。