第7章 晨星落落
きっと、罪があるとしたら、主だけじゃない。
「君を一番近くで、ずっとそばで、見ていたはずなのに」
主が歌仙を手に取った、その日から。それこそ、主が死ぬ直前まで、ずっと。
後悔は、いくらでも歌仙を襲ってきた。何度も何度も。いつ、どんな時だって、主を忘れることができなかった。憎しみだけじゃないから苦しかった。恨みきれないから辛かった。
再び、亡霊の指先が動く。宙を彷徨っていた両手は、ゆっくりと歌仙の背中に触れた。虚ろだった亡霊の瞳に、僅かな輝きが戻る。
「か、せん…」
小さく紡がれたその名に、歌仙の胸が震える。
「そうだよ」
肯定すれば、亡霊は確かめるように、その指先で何度も背中をなぞる。
「歌仙、なのか」
「ああ、そうだ」
「本当に、俺の歌仙」
「そうさ、君の初期刀だ」
亡霊は、いつしか姿を変えていた。生前の姿であった。
「本当に君は馬鹿だ。こんな救えない馬鹿は、見たことがないよ」
涙を流しながら、歌仙が憎まれ口をたたく。けれど、その声色は随分と嬉しそうだった。
亡霊は、ゆっくりと両手を歌仙の背に回し、一度きつく抱きしめた。それから、こちらもまた嬉しそうな声で答える。
「ああ、確かに、その物言いは俺の歌仙だ」
その表情は柔らかく、優しい。審神者の傍にいる鶯丸が息を呑む。それは、確かに、記憶の奥底にある顔だった。
歌仙は抱きしめていた体を一度離すと、正面からようやく亡霊の顔を見つめた。その眼差しは優しく、そしてとても悲し気だった。
赤くなった瞳を隠すように、一つため息を吐く。
「鈴を返して欲しいからって、僕たちが欲しいからって、どこに本丸を燃やす馬鹿がいるんだ」
本当に君はしょうがない。呆れていながら、その言葉には確かに情で溢れていた。向かい合った亡霊は、困ったように笑う。
「何も言えんなぁ」
歌仙はたまらなくなった。憎悪や殺意のこもっていない瞳を向けられるのは、本当に、随分と久しぶりだったからだ。