第7章 晨星落落
「あるじ」
流れる沈黙を破ったのは、どこか優しさを感じさせる歌仙の声だった。
歌仙は未だ主であった者を抱きしめながら呟いた。
「あるじ、君は本当、どうしようもない馬鹿だ」
掠れた声は、ゆっくりと言葉を紡ぐ。そこに込められている感情がすべてだった。
周りの刀剣男士は、皆ただただその行方を見ていた。審神者の肩を支える鶯丸の手に、力がこもる。審神者は下から鶯丸の顔を覗き込んだ。表情は何ら変わらない。それでも、何も感じていないはずがないのだ。
亡霊はもがく。抱きしめているのが初期刀であることに気づいていないようだった。
口からは何度も同じ言葉がこぼれる。返せともがきながら、虚ろな瞳からは涙が流れていた。
本来の姿を取り戻した亡霊は、随分と若かった。詳しい背景は何も分からないが、ただ憎しみばかりではないことは明らかだった。
歌仙の頭の中には、いつかの日々が浮かんでは消える。思い出と呼べるような美しいものは本当に僅かで、記憶の中には血に塗れた場面ばかりが浮かぶはずだった。
何をされたかはっきりと覚えている。あのとき抱いた憎しみを忘れるはずがない。殺意も、敵意も、憎悪も、何もかもが本心で、確かに主だった人に向けたものだった。
憎んでいる。憎んでいた。確かに覚えているのだ。
裏切られたこと。信じてくれなかったこと。仲間を折られたこと。手当てをしてもらえなかったこと。
罵倒を浴びせられたこと。身も心も傷つけられたこと。
覚えている。引っ張り出さなくとも、それはずっと頭の中に居座って消えやしない。憎い。憎いのだ。
憎いはず、なのにーーーーー