第7章 晨星落落
「返せ」
ひしゃげて歪な声が聞こえた。
振り向いた先には、かろうじて人の形を保っている何かがいた。ひどい腐敗臭。動くたびに、ひどい音がする。腐り溶けた肉が飛び散る音だ。
それは歌仙と審神者を目掛けてゆっくり確実に迫ってくる。
この何かの正体にもう気づいていた。
歌仙は鈴を受け取ると強く握りしめ、何かの方へ近づき、確かに呪いを呼んだ。
「主、」
それは、かつてこの本丸を追い込み、刀剣男士達が憎み、今剣が殺したかれらの最初の主だった。
「返せ、カエせ、か、エセ、かえせかえ、せ」
主であったはずの男は、聞くに堪えない声で何度も同じ言葉を繰り返す。
誰かは戸惑ったように、小さく呟いた。主、と。
審神者の目に映ったのは、動揺に瞳を揺らす複数の刀たちだった。その瞳の奥には、炎に揺らめいている本丸がうっすらと映っている。
「どうして」
掠れた声で、宗三が言った。それは戸惑いを多分に含んでいた。彼らの心中を察する。その声には、主であったであろう男の屍を映す瞳には、様々な激情が込められていた。
憎しみ、戸惑い、怒り、それからーーー、後悔と情。
「主、」
歌仙は、もう一度呪いを呼ぶ。声は固く、なのにどうしてだか優しさが見え隠れしていた。
「かえせ、」
呪いがひしゃげた声で言う。生前あったのであろう瞳は今は腐敗により溶け、ぽっかりとあいた穴はどこまでも暗い。
後ずさる者たちがいるなかで、歌仙は一歩近づき力強い声で言葉を重ねる。
「ああ、返すよ。返す」
そう言って、また一歩。周りの刀剣男士は、固唾を呑みその様子を見守る。