第16章 エゴイストの恋〔手塚国光〕
「そっか…。淋しくなるなあ、生徒会室」
それは社交辞令なのか、それとも俺の都合のいいように解釈してしまっていいのか。
こぼれそうな涙は、俺のためのものだと思っていいのだろうか。
だが仮にそうだとしても、ドイツへ行ってしまう俺には、喜ぶ資格などない。
「…すまない」
謝罪の言葉しか、出てこなかった。
そして林はやはり、謝ってばかりの俺に釘を刺す。
「手塚くんは、さ…優しすぎるよ。もっとわがままになってもいいのに」
「そうか?」
「そうだよ。ほしいものはほしいって、はっきり言ったほうがいいこともあると思うな」
ほしいもの、か…
俺が本当にほしいもの。
「私はわがままだから言っちゃうけど、こないだのお礼」
「ああ」
「全国大会でね、優勝、してきてほしいな」
「それは…」
自惚れてもいいのか、と続けようとしたが、遮られる。
林のほしいものが、俺のそれと同じなのだと、同じ方向を向いていることを、喜んでいいのだろうか。
俺にその資格があるのだろうか。
「…わかった。必ず全国優勝してみせる」
「絶対だよ?」
「ああ、絶対にだ」
力を込めて頷いた。
不思議と力が湧いてきて、本当に実現できるような気がした。
言葉にすると夢は現実になると聞いたことがあるが、今はその格言さえも信じたい。
* *
机の上に置いていたスマホが震えて、着信を知らせてくる。
ディスプレイに表示されていたのは「手塚くん」の文字。
彼から連絡が来るのは初めてで、飛びつくように電話に出た。
「もしもし? 手塚くん?」
「ああ、林か? これから、会えないだろうか」
「今から?」
「ああ」
家の近くの小さな公園で待ち合わせることになって、電話は切れた。
夏休みも終盤、そろそろ全国大会も終わるころだろうと思っていたところだった。
クローゼットからできる限り可愛く見えそうなワンピースを無理やり選んで、ばたばたと飛び出した。