第16章 エゴイストの恋〔手塚国光〕
明るい林は、俺が謝罪すると「もう謝っちゃだめだよ」と釘を刺してきた。
こういうきめ細かな気遣いに、昨日や今ならずとも、何度も助けられてきたのだと思い知る。
言われたそばからすまない、ともう一度出てきそうになった言葉をすんでのところで飲み込んだら、くすくすと小さく笑われた。
不思議と嫌な感じはしなかった。
「お礼だけでもさせてくれ」という言葉が出てきたことには、自分でも驚いた。
まだドイツに行くと最終的に決めたわけではないが、残された時間が少ないような気がしたからかもしれない。
そして、購買のパンかジュースあたりをねだられるだろうという見込みが裏切られたことにも、少なからず驚く。
「次の会議、明日だったよね? それまでに考えとくから」
明日の会議か。
思慮深い林がそこまでもったいぶるのはきっと、何か理由があるのだろう。
ただ突拍子もないものをねだるような奴でないことはわかっていたから、深くは聞かずに別れた。
「手塚くんさ、留学、考えてるの?」
次の日の会議後、生徒会室に二人きりになったとき、林が声をかけてきた。
やはり見られていたのか。
「書類の下にパンフレットがあったでしょ? 見るつもりなかったんだけど…ごめん」
昨日の朝、謝罪しようとしたら不自然に否定されたことに、ようやく合点がいった。
意図せずに見てしまったことへの罪悪感からだったのか。
「…やっぱり、行っちゃうの?」
まだテニス部の誰にも打ち明けていなかった留学の話を、林になら話してもいいと思えた。
「そのつもりでいる」と肯定した途端、林の瞳がどんどん潤んでいった。
まっすぐな瞳を、直視できない。