第16章 エゴイストの恋〔手塚国光〕
手をつけられなかった書類を持ち帰ろうと手に取ったとき、書類の束の隅から付箋が飛び出していることに気がついた。
山の一番上にあったものを見ると、決裁のサイン部分だけが空欄になっていて、他の欄はすべて書き上げられている。
「え…?」
ざっとめくってみても最後の方まで同じ調子で、見落とさないよう配慮してか、空欄部分にだけ付箋が貼られていた。
「おーい、まだかねー?」
同じ階の他の教室を見回りに行った用務員さんから、催促の声がかかる。
ああ、まったく俺らしくない。
テニスバッグに、ほぼ完成している書類を詰め込んだ。
バス停での待ち時間、書類をもう一度見直してみる。
自分の字に限りなく似せてある字。
さらっと目を通すと、内容も俺が思い浮かべていたものとほぼ同じ。
自分で書いたものなのではないかと思ってしまうほどの完成度。
ここまで細かな配慮をしてくれるのは、と考えるまでもなく、林の名前が真っ先に浮かんだ。
生徒会役員は皆一様に優秀だから、きっと誰に頼んでもそれなりに仕上げてくれるだろうとは思うが、なぜか林以外の選択肢は、自然とすべて消えた。
根拠もないのにいささか希望的すぎる観測なのではないかと自分を戒めて、林の痕跡を探す。
そうか、この付箋。
確か会議中、青い矢印形が特徴的なこの付箋を、議事録に貼り付けていた。
やはり直感でも希望的観測でもなく、無意識のうちに記憶に刷り込まれていたようだと思い直す。