第16章 エゴイストの恋〔手塚国光〕
「手塚くんさ、留学、考えてるの?」
仕事がまだあるふりをして、手塚くんと二人きりになるのを待って。
えい、と心を決めて、切り出した。
「書類の下にパンフレットがあったでしょ? 見るつもりなかったんだけど…ごめん」
去年の体育祭の資料をまとめた分厚いファイルを片付ける手を止めて、手塚くんが振り返った。
ぐらぐらと視線が揺れているのは、私に話すことを迷っているから?
それとも、留学するかどうかをまだ決めていないから?
「いや、構わない。俺の方こそかえって気を遣わせてしまったようだな、すまない」
「そんなことないよ。…やっぱり、行っちゃうの?」
「……ああ、そのつもりでいる」
「大会が終わってから?」
「…ああ」
「長く、なるんだよね」
「……そう、だな」
言い淀んだような間と、絞り出すような口調と、伏せられた目と。
迷って迷って、迷い抜いて決断したのだということを想像させるには、充分だった。
「そっか…。淋しくなるなあ、生徒会室」
覚悟はしていたけれど、やっぱりショックで。
呼吸が苦しくなって、見上げた天井が少しぼやけた。
私が泣いちゃだめだ。
落ち着こうと息を大きく吸い込んだら、ひゅ、と小さく音がした。
「…すまない」
手塚くんが謝ることなんて、一つもないのに。
手塚くんは自分に厳しすぎて、他人に優しすぎるのだ。
生徒会ではみんなの得手不得手をしっかり見極めて負担になりすぎない程度の仕事を振り分けているくせに、自分は途中で寝てしまうくらいに無理をして。
部活でも、死ぬ間際までグラウンドを走らせると聞いたことがあるけれど、それも部の勝利を願えばこその行動なのだと思う。
きっと彼のことだから、裏では誰よりも努力しているのだろう。
だから留学を迷うのだ。
迷って迷って、寝不足になるほどに。
残される部員のことを、そしてもしかしたら生徒会役員のことを、誰よりも気にかけているから。
「手塚くんは、さ…優しすぎるよ。もっとわがままになってもいいのに」
「そうか?」
「そうだよ。ほしいものはほしいって、はっきり言ったほうがいいこともあると思うな」
「わがまま…か…」
「私はわがままだから言っちゃうけど、こないだのお礼」
「ああ」