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短編集【庭球】

第16章 エゴイストの恋〔手塚国光〕


「…お礼だけでも、させてくれないか」


ほんの少しの間のあと、手塚くんが言った。
眼鏡の奥のまっすぐな瞳と、視線がぶつかる。
どこまでも律儀で、優しい人だ。
そこが好きなのだ、もちろん言葉にはできないけれど。


「お礼?」
「さすがにあれだけやってもらって、こちらの気が済まないからな。結構な量だった」
「うーん、そんな…」


そんなつもりじゃなかったんだけどな、と言いかけたところで、始業を告げるチャイムが鳴った。
遅刻寸前の生徒がバタバタと私たちの横をすり抜けていって、思わず顔を見合わせて笑う。
正確には、笑ったのは私で、手塚くんはほとんど表情を変えなかったけれど、きっと笑ってくれていたのだと思いたい。


「次の会議、明日だったよね? それまでに考えとくから」
「ああ」


また明日、と言い合って別れた。
席に着いて、深呼吸をして初めて、心臓の鼓動が早くなっていたことを知った。
でも、昨日のような嫌な鼓動ではなくて。


他のメンバーに聞いて回った感じはなかったから、私に決め打ちして来てくれたのだろう。
ついさっきまでは嘘をついてでも誤魔化そうと思っていたのに。
いざ言い当てられたら、手塚くんが私を見つけてくれたのが誇らしいような、くすぐったいような嬉しいような、不思議な気分。
私ってこんなにロマンチストだったっけ。

結局一日中、気を抜くとすぐにだらしなく緩んでくる頬を吊り上げることに、心を砕かなければいけなかった。




次の日の放課後すぐに開かれた会議は、体育祭に向けた準備に追われた。
私は、発注したプログラムが来週届くことを報告して、会計の子と印刷会社への支払いの日のすり合わせ。
当日が雨だった場合の振替日をどうするかとか、何時までに連絡網を回すかとか、そんなことを話し合っていたら議事録はびっしり埋まった。

手塚くんの司会進行は相変わらず無駄がなくて、会議はとてもテンポよく進んだけれど、話し合うことがありすぎて、結局お開きになったのは五時を過ぎていた。
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