第2章 やさしいキスをして〔忍足侑士〕
「…え?」
驚いて、持っていた日誌を落としてしまったことにも気づかなかった。
呆気に取られている私を横目に、忍足は日誌を拾い上げて机に置く。
「なんで急にそんなこと言い出すの?」
「林は俺のこと、よう知ってるやろ? 俺も林のことはよう知ってるし」
「それはまあ、ね」
「俺がテニスで忙しいんも、重たい女が嫌いっちゅうんも、林はよう知ってる」
「うん」
「な、我ながらええ考えや。決まりや」
私は返事ができないでいるのに、忍足は「悪いようにはせえへん」と言って、私にキスをして。
「よろしゅうな、彼女さん」と笑いながら、私の頭をくしゃくしゃと撫でた。
* *
彼女になったからといって、次の日からの生活が何か大きく変わったわけではなかった。
それまでと同じ、休み時間になればくだらない話で笑って、夜はたまにメールをしたり電話をしたり。
でも私は、それまで気にならなかったことが気になって仕方がなくなった。
忍足がかわいいと評判の後輩の女の子から告白されたり、クッキーやケーキのプレゼントを教室に持ち帰ってきたりするたび、心臓のあたりをぐっと掴まれたように苦しくなった。
一言釘を刺してやろうと思ったことは何度もあったけれど、私は何も言わなかった。
忍足が「重たくない彼女」を望んでいるのを、誰よりも知っているから。
席替えをして忍足と席が離れてからは、話す機会が減って、たまにしかなかった夜のメールや電話はほとんどなくなった。
うるさくないから私を彼女にしただけで、忍足には好きなんて気持ちはこれっぽっちもなかったのかもしれないと思い始めた頃。
向日くんの言葉が、それを決定づけた。
「侑士、最近別の女の子と帰ってる」