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短編集【庭球】

第2章 やさしいキスをして〔忍足侑士〕


歴代の彼女たちが忍足のことを「侑士」と名前で呼んでいるのを聞いて、私は絶対に「忍足」と呼び続けようと心に決めた。

気の置けない女友達、という立ち位置は、私だけのものにしたかったから。
友達としてでも、忍足の特別な存在でありたいから。
友達としてなら、ずっとそばにいられると思ったから。
侑士、と呼んでしまうと、その関係が崩れてしまいそうで怖かったから。

それは、私の精一杯の意地。


国語の板書をノートに書き写しながら、前に座る忍足の後ろ姿を見る。
広くて大きい背中。
憎まれ口なんか叩かずにこの背中に甘えることができたら、どれだけいいだろう。

ノートの隅に小さく「侑士」と書いて、慌てて消した。
彼女と別れたなら、今までと同じように忍足は次の彼女ができるまでの間、昼食を私と一緒に食べるはずだ。
さっき消した場所に、上から「忍足」と三回書いて、また消した。
その部分だけ、ノートが少し毛羽立った。

* *

二週間が過ぎても、忍足は次の彼女を作らなかった。
私が知っている中で、こんなに期間が開くのは初めてで。

今日は忍足と二人で日直。
放課後、私は学級日誌を書きながら、それを覗き込む忍足を「まだ彼女できないの? 雪でも降るんじゃないの?」なんてからかう。
彼女がいない間だけは、私が忍足のことを独占できるから。
本当は、彼女なんてずっと作らないでいてほしいけれど。

「なんやねん、俺を単なる女たらしみたいに」
「本当のことじゃない、学校中の子食い荒らしといて」
「なんちゅーこと言うんや。林は容赦ないなぁ」
「彼女候補、いつもどおりいっぱいいるんでしょ?」
「ん」

自分で聞いておいて、勝手に傷ついて。
私は、バカだ。

「でも今回は、なんや、気乗りせえへんねん」
「なんで?」
「女の子ってみんな重たいやろ。今すぐ会いたいとか、電話してとか。俺も部活で忙しいし、できることとできんことがあんねん」
「なるほどね」

私は日誌を適当に書き終えて、忍足に「終わったよ」と合図する。
ペンをしまって荷物をまとめようとしたとき、忍足が急にパンと手を叩いて、私を指差した。

「せや! 林、俺と付き合え!」
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