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短編集【庭球】

第16章 エゴイストの恋〔手塚国光〕


鞄からペンケースと議事録を取り出したところで、手塚くんのそばに彼のものらしいボールペンが転がっているのが目に入る。

同じものを使ったほうが、本人が書いたものらしく見えるよね…?

心の中でもっともらしい言い訳をして、こっそり拝借する。
さっきまで彼が使っていたものだと思うと、シンプルな黒いボディのそれから、もう残っているはずもない温もりが伝わってくるような気がした。


ボールペンをきゅっと握り込んで、書類を埋める。
すでに出来上がっていた書類をお手本に、几帳面で少し角張った手塚くんの字に似せて。

きっと彼ならこんな言葉遣いだろうなとか、この前の会議でこんな提案をしていたなとか議事録を繰りながら、脳をフル回転させる。
私ではどうしてもわからない部分と、手塚くんのサインが必要なところには、青い付箋を貼り付けていく。

手塚くんは時折ぴくりと動いたけれど、まったく起きなかった。



自画自賛したくなるほど集中して書類を仕上げていったら、作業は思いのほか早く進んだ。
最後の一枚をぺらりと手に取ったら、その下からカラー印刷されたパンフレットが顔を出した。

こんなの、学校で配られたっけ? 覚えがないな…

自分の方に少し引き寄せて確認すると「長期テニス留学」の文字。
よく見ると真新しいものではなくて、隅の方には何度もめくったのだろう独特のしわが刻まれていた。

手塚くん、テニス留学考えてるんだ…

ばくん、と心臓が嫌な方向に跳ねた気がした。
見てはいけないものを見てしまったような感覚に襲われて、妙な汗が噴き出した。

残った一枚を急いで埋めて、パンフレットの上に元通り書類の山を築く。
拝借したボールペンは、彼のそばに置いた。
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