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短編集【庭球】

第16章 エゴイストの恋〔手塚国光〕


「手塚、くん…?」


おそるおそる声をかけてみても、返事はない。
右腕を枕に背中を丸めて、長机に突っ伏した手塚くんの肩は、規則正しく上下していた。
その横には、分厚い書類の山が二つ。

うわ、珍しい。
手塚くんでも、昼寝しちゃったりするんだ。
いや、もちろん人間なのだからそんなこともあるのだろうけれど、淡々と完璧に仕事をこなしていく彼からは、想像もつかなかったから。


もしかして、体調が悪いんだろうか。

嫌な予感がして、手塚くんの顔をゆっくり覗き込んだ。
寝苦しそうな様子はないし、汗をかいているわけでもないみたい。
よかった。
熱はなさそうだから、とりあえず一安心だ。


少し動けば触れられるような距離に近づいても、柔らかな呼吸を繰り返す手塚くん。
羨ましくなるくらいに綺麗な肌に、かけっぱなしの眼鏡の奥の長いまつげ。
絵画のように整った寝顔は、傾き始めた太陽に照らされて、そこだけ時が止まったようで。

胸が高鳴るのは、急いで階段を昇ってきたせいだけじゃない。
できる限り音を立てないようにと思うけれど、この鼓動の音で起こしてしまうんじゃないかと心配になってしまうほど、私の心臓はうるさかった。


それにしても、あの生真面目な手塚くんが仕事途中で寝てしまうなんて、よっぽど疲れているんだな。
体育祭も近くて仕事が込んでいるし、テニス部も夏の大会に向けて忙しいのだろう。
ぎりぎりまで抱え込んでしまうのが、手塚くんらしいのかもしれないけれど。


そっと書類を確認すると、分厚い方の山は決裁済み、もう片方の山は会長のサイン欄の他にも記入するところが多々残っていた。
私たちに振られた仕事量の、軽く倍はある。

手塚くんの寝顔に見とれている場合じゃなさそうだ。
幸い、これまでの会議で出た議題に関するものがほとんどだから、書記としてまとめている議事録を振り返れば、どうにかなるだろう。


隣の椅子の背もたれにあった学ランを彼の肩にそっと掛けて、私は少し離れたところに腰掛けた。
あまり近くにいると起こしてしまいそうだし、何より彼の寝顔にどきどきして集中できないような気がしたから。
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