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短編集【庭球】

第16章 エゴイストの恋〔手塚国光〕


帰り際、ふと無意識に見上げた校舎。
まだ煌々と明かりが灯っていたのは、生徒会室だった。

電気の消し忘れ?
いや、まさか。
彼に限って、それはない。
ならば、まだ残って仕事をしているのかもしれない。

一瞬のうちにその結論を導き出して、私は帰途へと向きかけた足を躊躇なく回れ右させた。




クラスメイトから担ぎ上げられて断りきれずに、やむなく立候補させられ当選してしまった私は、生徒会書記なる肩書きを持っている。
最初は嫌々だった生徒会を頑張れるようになったのは、メンバーに恵まれたこともあるけれど、間違いなく会長である手塚くんのおかげだ。

話し合いでのてきぱきとした司会や、みんなをまとめ上げる手腕はそれはもうお見事で、彼の大人びた見た目も相まって、憧れに近い感情を持っていたのだけれど。

購買の品揃えをよくしてほしいとか、運動部用に製氷機を導入すべきだとか、毎日際限なく寄せられる陳情のひとつひとつにもれなく目を通す彼はどこまでも真面目で、それはときに見ている私が面白くなってしまうくらいで。
「体育祭のパン食い競争はあんパンではなくて焼きそばパンにすべき」なんて、書いた本人は悪ふざけで書いたに違いない変化球すぎる陳情書を片手に「どう回答すればいいだろうか」と難しい顔をして考え込んでいる手塚くんが、なんだかお茶目に見えてきて思わず笑ってしまったこともあったっけ。

少しでも力になりたいと思ったときには、もう恋に落ちていたのだと思う。



今日も授業後早い時間に会議があって、それぞれに仕事を割り振られた。
私は二週間後に迫った体育祭のプログラム印刷発注で、他のメンバーは体育祭の協賛企業訪問とか各委員との交渉とか、そんな内容だった。
生徒会室でできる事務仕事を引き受けていたのは手塚くんだけだったような気がする。

まだ終わっていないなら、私にも手伝える内容だといい。
彼は私と違って、テニス部を全国優勝へ導く責務もあるのだから。




深呼吸してからそっと扉を開けると、残っていたのは期待していた通り、彼だったけれど。
凛と背筋を伸ばした、いつもの後ろ姿ではなかった。
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