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短編集【庭球】

第15章 名もなき詩〔千歳千里〕*


短く乱れた呼吸が二つ重なる、達した直後のシチュエーションは何度も経験したけれど、千歳の瞳がぱちりと見開かれていること、そして私の「しまった」という感情が、いつもと違うところ。


ああ、冗談だよって笑いとばさないと。
そう思ったけれど、私の口は疲れからなのか一文字も発しようとしなかった。
早く、早く言わなくちゃ。

ようやく私の唇が「ごめん」と動き出そうとしたとき、千歳の唇の方が一瞬だけ、先に動いた。


「…やっと、言いよった」


私は口を中途半端に開けたまま、その言葉の意味を考えたけれど、答えは出てこなくて。
見つめ返したら千歳は「ずっと待っとったとよ、ずーっと」と、へらりと笑って言った。


「なん、で」
「俺から言うたら、つけ込んどうごつなるやろが」
「え…」
「元彼んこつ忘れるまでは待とうっち思っとったとよ。ばってん、淋しか淋しかってずーっと言いよったろ?」


思考回路がどこかで途切れているらしい私を、千歳が抱き起こしてくれた。
たくましい腕が、そのまま私をすっぽりと包む。


「好かん女ば何遍も抱く男やと思いよったと?」


ゆっくり、首を横に振った。
やっぱり、好きだ。
この腕の中が、ぬくもりが。
へらりと笑う、千歳が。


「好いとうよ、渚」


硬い胸板に顔を押し付けて、私も好き、大好き、と何度も呟いた。

あたたかくて、情事の残り香のする千歳の腕の中で、私は何からも守られていた。


fin





◎あとがき

お読みくださいまして、ありがとうございました!

これまで私は、千歳を素朴で優しい男として書いてきたのですが、今回は趣向を変えて、野獣っぽい面を押し出してくる千歳にしてみました。
このくらい狡賢いのもまたよいのではないかと、個人的には思っているのですが、いかがでしたか?

タイトルはちょうどよく浮かんだミスチルのメガヒットソングから拝借。

久々の裏夢、ちょっと自信がないので、感想などいただけるとそれはもう泣いて喜びます。
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