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短編集【庭球】

第2章 やさしいキスをして〔忍足侑士〕


「また別れてもうたわ」

朝。
おはようの挨拶もそこそこに、私の前の席の忍足は、椅子にどっかりと座ってため息をついた。


「は? また?」
「相変わらずきっついなぁ、もう少しいたわってくれてもええんちゃうん? これでも傷心中やねんで、俺」

大袈裟に左胸を押さえながら、まるで「寝坊しちゃった」とでもいうくらいの軽い口調で、忍足がぼやく。

忍足は一か月前に付き合い始めた彼女と別れていた。
いつもそうだ。本当に長続きしない。
この前は二週間そこそこ、その前は一か月と少しだった。


「傷心したくないなら、別れなければいいでしょ」
「それは無理な話やなぁ」
「一応聞いてあげるけど、今回はなんで別れたの?」
「メールに返事せえへんかったら泣かれてしもて、私とテニスどっちが大事なの、やて。おるやん、そういう重いタイプ。俺には無理やわ、手に負えんもん」
「ふうん」
「うわ、反応薄っ」
「いつもそんな感じだもん、いい加減慣れるよ」


大きなテニスバッグから一時間目の国語の教科書を取り出しながら、忍足は「かなわんわぁ」とおどけた。

きっと、付き合うときは好きなのだ。
その気持ちが続かないというだけで。




忍足とは一年の頃からの付き合いになる。
向日くんと同じクラスで仲の良かった私が、休み時間のたびに遊びに来る忍足と軽口を叩き合う関係になるまでに、そして忍足のことを好きだと自覚するまでに、そう時間はかからなかった。

その後のクラス替えでは、二回とも忍足と一緒になって。
二年の夏休み前に席が隣同士になったときから、頼んでもいないのに忍足はこうやって自分の色恋沙汰を私に逐一報告してくる。
もちろん聞いて動揺しないわけではないけれど、忍足には絶対に私の気持ちを知られたくないし、何より私にだけ話してくれているのが嬉しくて。
気が強い私は遠慮なしにツッコミを入れて、忍足は関西人らしく反応してくれるから、向日くんからはしょっちゅう「夫婦漫才だな」なんてからかわれる。




「どうせすぐ別れるなら、付き合うのやめたら?」
「せやけど、彼女はほしいやん」

忍足がそう言って笑ったところでチャイムが鳴った。
私は心の底で、この話を中断できることに少しほっとする。
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