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短編集【庭球】

第14章 おかえり〔忍足謙也〕


「なあ、結衣ちゃんは? 慰めてくれへんかったん?」


鼻水をすすりながら、みぞおちのあたりがぎゅっとするのを我慢しながら、しれっと問いかける。
私が今ここにおってええんかどうかを判断するための試金石。


「結衣? ああ、みんなと一緒にぼろぼろ泣いとったけど…あ、そういやあいつ、財前と付き合うんやって」
「…はあ?」
「財前ずっと狙っとったからな。タメやし、次期キャプテンとマネージャーやし、お似合いやろ」「……なんでそない優しいんかな。あほちゃうん」
「またあほ言うたなー!」
「ほんまのことやんか」


頭を撫でてくれていた手が、はたく動きに変わった。
ツッコミの張り手を手加減してくれるようになってもうずいぶん経つな、なんてぼんやり思った。

それにしても、テニスだけやなくて好きな女の子まで黙って身を引いて譲ってしもたなんて、お人好しにもほどがある。
ちゅーか、お人好しも行き過ぎると単なるヘタレや。
これをヘタレと言わずして何て言うんやっちゅうねん。


人一倍純粋で、人一倍友達の気持ちに敏感で、人一倍気遣い屋で、優しくて。
そのくせ、私の気持ちにはてんで鈍感なんやから、もう笑ってまうわ。




それからひとしきり、いつもの漫才みたいななんやかんやをやりあってから時計を見たら、もう一時を過ぎとった。
少しだけやけど、さっきより謙也が元気になったような気がしたから、ほっとした。

「そろそろ戻るわ、長旅やったんやし眠いやろ」と言いながら立ち上がったら、あくびが出て。
謙也は「眠いんは渚の方なんちゃうか」って笑っとった。
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