第14章 おかえり〔忍足謙也〕
私はベランダに出て、右手に持ったハンガーで謙也の部屋の窓を五回叩いた。
少し前まではようやっとった「部屋行ってもええ?」のサイン。
結衣ちゃんのことに気づいてからはなんとなく避けとった、私たちだけの合図。
返事するかどうかを迷ったんか、謙也がカーテンを開けて顔を出すまでに、少し時間がかかった。
「なんや、これ久しぶりやな。どした?」
「そっち、行ってええ?」
「おん。気ぃつけてな」
ベランダの手すりをまたいで、謙也の部屋の窓に足をかける。
エアコンが効いとるんか、サッシがひんやり冷たい。
背が小さすぎんくてよかったと思う。
小さい女の子はかわいいけど、このベランダからの侵入は私くらい身長がないと、きっとできひんと思うから。
こないなことで結衣ちゃんと張り合ったところで、何にもならへんのやけど。
久しぶりの謙也の部屋は何も代わり映えせんかったけど、ベッドの上でくしゃくしゃになった布団と、枕元に散らかった漫画の数を見て、やっぱり寝られへんかったんやなと思った。
テニスバッグが部屋の隅に無造作に置いてあって、なんや淋しそうに見えた。
謙也はベッドに、私はクッションを抱いて床に座る。
近からず遠からずの、いつもの定位置。
「…大会、お疲れさま」
「おん。…おおきに」
とりあえず、これだけは伝えたかった。
夕方は言えへんかったから。
「どやった? 言いたないんやったら言わんでええけど」
「んー…」
謙也はあからさまに視線を逸らして、頭をわしわし掻きむしりながら「あー」とか「うー」とか言い出して。
突っ込まざるをえんやん、わかりやすすぎるやろって、少し笑えた。
何があったんか問いただすと、謙也はかなり渋ったけど、準決勝のダブルスに出る予定やったのに千歳に譲った、と白状した。