第14章 おかえり〔忍足謙也〕
いつの間にか私よりもずいぶん背が高くなって、いつの間にかテニス部でレギュラーになって、いつの間にか女の子からモテるようになって。
中学に入ってから謙也のスピード狂にはますます磨きがかかって、私は謙也に置いていかれたような気にさせられることが増えた。
そのたびに私は、憎まれ口を叩いては半ば無理やり謙也に喧嘩を買わせたけど、変なところで几帳面な謙也はいつも最後まで付き合ってくれた。
私はそんな謙也の優しさに、安心しきってたんやと思う。
この関係だけはずっと変わらんのやって、何の根拠もないくせに信じとった。
潮目が変わったんは、この春。
謙也はテニス部の二年生マネージャーの結衣ちゃんが好きらしいと気がついてから。
白石とか小春とかの名前に混じって、結衣って名前が会話に出てくることが増えて。
謙也が女の子の話をするんは珍しいから嫌な予感がして、一度こっそり部活を見に行った。
背が小さくておっとりした雰囲気の、いかにも女の子らしい子。
謙也ってこういうタイプが好きやったんや、と思ったときにはもう遅くて。
「意外と見る目あったんやな、謙也にはもったいないくらいかわええ子やん」なんて心にもないことを言う羽目になった。
謙也は、私と正反対のその子の名前を挙げては「渚はほんま、結衣とはえらい違いやわー、少しは結衣を見習えや」なんて一番聞きたない言葉ばっかり投げかけてきて、もうそこからは私たちお決まりの売り言葉に買い言葉っちゅうやつで。
泣きたなるくらいショックやったけど、それが謙也にバレるんも癪やったから、結局最後には「ま、しゃーないから応援したるわ」なんて言ってしもて、私ってこない嘘つくん上手かったっけ、とびっくりするくらいやった。
それはそれは立派な墓穴を掘ることに成功した私の隣で、謙也は「別にそんなんやないって言うてるやろ」と照れくさそうにしとった。
日付が変わっても、謙也の部屋には電気がついたままやった。
あの寝つきのいい謙也が、東京から長旅やったのにまだ起きてるっちゅうことは、相当悔しかったんやろなと思った。
ベランダを隔てて部屋まで隣同士やと、こないなことも手に取るようにわかってしもて。
謙也のことを諦めたくても、あまりにも日常に入り込みすぎとって、切り離すんが難しすぎる。