第14章 おかえり〔忍足謙也〕
夏の終わり。
東京から帰ってきた幼馴染みは、ひどく落ち込んでいた。
今ならかけっこで勝てるんちゃうやろかと思うくらいに。
「今日の夕方戻るで」と連絡があったのが、昼すぎ。
四天宝寺が準決勝で負けたことだけは聞いとったから、私はたっぷり二時間、何て声をかけるべきかを必死に考えた。
謙也が帰ってくるタイミングを絶対に逃さへんように、クーラーもない玄関で、汗だくになりながら。
結局、どんなに気の利いた言葉よりも、いつもと同じように笑い飛ばしてやるのが一番私たちらしいような気がしたから、そうするつもりで待っててんけど。
ガタガタと隣の家の門が開く音がしたから急いで飛び出したら、私が声を掛けるより先に謙也が「あかんかったわ」と小さな声で呟いた。
まるで私が待ち構えてたんをずっと前から知っとったみたいに、驚きもせずに。
視線も合わせんと力なく笑った謙也に、私は何も言えへんようになって。
「…おかえり」と、なんとか喉の奥から絞り出すのが精一杯やった。
「おう」と応じた謙也がスローモーションみたいに玄関に吸い込まれていくんを、私は突っ立ったまま見送った。
家が隣同士で、誕生日も一日違いで。
まさに生まれたときから、ずっと一緒におった。
家族同然やった謙也が、それより特別な存在になったんは、いつごろやったっけ。
昔から足が速かった謙也に私は何度も置いてけぼりにされたけど、最後の最後でいつも謙也は私を待っとってくれた。
公園でのかけっこのときも、遠足からの帰り道も。
「俺が待つん苦手なん知ってるやろ」とか「待ちくたびれて死んでまうで」とかなんとかぼやいて、それでも「ほら、行くで」と泣きそうになっとる私に手を差し伸べてくれた。