第13章 オワリノハジマリ〔仁王雅治〕
仁王の顔を、どうしても見られない。
自分がますます哀れに思えるから、見たくない。
自分を卑下している私を、見られたくもない。
グラウンドから頑なに視線を動かさない私に、仁王は小さなため息を吐いた。
ため息まで絵になるなんてずるいな、と思った瞬間。
目の前、数センチのところに、仁王の顔。
何度瞬きをしても、幻覚ではないようで。
ひんやりとした仁王の両手が、私の頬に触れていた。
どうやら強制的に、仁王と顔を突き合わせられたようだった。
心臓が勝手に、暴走を始める。
「な、に?」
「お前さんがええんじゃ」
「…へ?」
「俺は、渚がええんじゃ。離れとうない」
何を言い出すのだ、この男は。
別れようと切り出してきたのはそっちじゃないか。
けれど、冷たい手から伝わってくるかすかな温もりも、涼しげな瞳の奥に揺れる炎も。
その言葉が嘘ではないと伝えてきているような気がする。
「…え、だって、別れるかって」
「お前さんが別れたがっとるんかと思ったんじゃよ」
「………」
「目合わせようとしても逸らしよるし、なーんも言ってこんし。告白して半分無理に押し切ったんは俺じゃったけえ、言い出しづらいんかもしれんと思ってのう。確かめてみようかて思ったんじゃ」
仁王はそう言って、私の目を覗き込んで「別れたかったんか?」と畳みかけるように尋ねた。
答えられない。
別れたくないと言っても、別れたいと言っても、今はどちらも嘘になるような気がした。
一方で、どちらも本心かもしれないとも思った。
「…ごめん、わかんない」
「わからん?」
軽く頷いたら、仁王の長い指が髪と絡んで、耳元でくしゃ、という音がした。
「それにしてもお前さん、ぬくいのう」
「ふっ、普通だよ…仁王の手が冷たいんだよ」
「そうかの。顔真っ赤じゃけえ、ぬくいんかと思ったが」
「そ、れは…っ」
仁王の顔が、こんなにも近くにあるから。
初めて触れられて、こんなにもどきどきしているから。
言葉にならない思いが頭を渦巻いて、容量を超えた脳がパンクしてしまいそう。