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短編集【庭球】

第13章 オワリノハジマリ〔仁王雅治〕


「ありがとう」


仁王が首を傾げるのが、横目に見えた。
何に感謝しているのかと、無言の問いかけ。

風に、仁王の銀色の髪が揺れた。
悔しいほど綺麗だと思った。

この人と、今の今まで付き合っていたなんて。
仁王があの日、気まぐれにあんなことを言わなければ、私たちはきっとこんなふうに言葉を交わすことさえなかっただろう。
そして、私が一応カノジョの立場だったらしい三か月という期間が、彼の歴史の中ではかなり長い部類であるということも、私は知っていた。
仁王の数多ある武勇伝のひとつになったのだとすれば、平民としては大出世だ。


「素敵な夢を見せてもらったような感じだから。…だから、ありがと」


フェンスの先、グラウンドをまっすぐ見つめたまま。
笑って、つとめて明るく言った。

わかっていたことだ。
早かれ遅かれ、いずれこうなっていたのだから。
悲しいことなど、何もない。

ないはず、なのに。


「なあ、なんでそんなに聞き分けええんじゃ」
「そんなこと言われても…」
「こっち向きんしゃい」
「…やだよ」
「ええから。向きんしゃい」


あれだけ軽かった口調が、少し真剣味を帯びて。
はぐらかすことは許さないと、言外に伝えてくる。


フェンスを掴む手に力を込めたら、かしゃん、と金属が擦れる音がした。
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