第13章 オワリノハジマリ〔仁王雅治〕
「えらくさっぱりやの」
「そう?」
「驚かんのか?」
「まあ、うん」
屋上のフェンスに片手を引っかけた仁王は、そんな私を見て意外そうな顔をしていた、と思う。
私はフェンス越しにグラウンドを見ていたから、正確にはわからない。
仁王と視線を合わせるのは、なんとなく怖かった。
顔も成績もよくて、あのテニス部のレギュラーで。
仁王は校内に知らない人などいないスーパースターだ。
その仁王が、平凡という言葉を具現化したような私と、恋なんてするわけなかったのだ。
少し考えれば、わかることだったのに。
いわば、身分違いの恋だった。
仁王を中心としたヒエラルキーはとても厳格で、私は彼に話しかけることさえ許されないような平民でしかなかった。
実際、カースト上位の華やかな女の子たちは「雅治」と私がいまだに呼べない名前をさらりと口にしては色目を使ってひっついていたし、仁王はあの日以降も、いつも通りよりどりみどりの状況をまんざらでもなさそうに楽しんでいた。
仁王に抱かれたという子の噂を聞いたのも、一度や二度ではない。
そのたびに私は、自分がいかに平々凡々な人間であるかを思い知らされた。
仁王に告白されたことを、私は誰にも言わなかった。
いや、言えなかった。
仁王と付き合っているという自覚も自信もなかったから。
かわいい女の子たちに「どうしてあの子なの?」と言われるのが怖かったから。
その問いに対する答えを、私は持っていなかったから。
そして仁王も、私のことを誰にも言っていないようだった。
仁王の半分は噂でできているんじゃないかと思うくらいに、彼は成績のことからその下半身事情まで噂に事欠かなくて、その大半はいつの間にか自然と私の耳にも入ってくるのだけれど。
私らしき人物の噂は聞かなかったし、私のことは誰も気に留めていなかったから。
彼の周辺も、私の日常も、いつもと何も変わらなかった。