第11章 教師にラブソングを〔渡邊オサム〕
イントロなしに、いきなり二曲目のバラードが始まった。
流れるように歌を紡ぎながら、渚がゆっくり客席を見回す。
体育館の隅におった俺を見つけた瞳が、ぴたりと止まった。
少し、ほんの少し、渚が微笑んだような気がした。
ぶつかった視線が絡まって、外せへんようになる。
想い合っとるけど、報われへん恋の歌。
別れを切り出した女と、それを嘆く男の歌。
出逢ったことは悔やまへんって女の台詞を歌うとき、渚の目に涙がいっぱいに溜まって、けど俺の目をまっすぐ見つめてきて。
ファルセットが少し揺れた。
綺麗に化粧した頬を、涙が伝ったように見えた。
好きやって言葉にはできひんから。
教師と生徒の立ち位置では、言葉にしたところで、どっちも苦しむだけやから。
オサムちゃんを困らせんのは嫌やから。
渚の潤んだ目から、そんな感情がなだれ込んでくる気がした。
ああ、そうか。
言えへんで、ずっとずっと我慢しとってんな。
歌っとったら、我慢しとったのに溢れてきてしもてんな。
俺も、今やっと気づいたわ。
渚のこと、めっちゃ好きや。
頼むから、そんな顔すんなや。
俺まで泣きたなってまうやんか。
いや、泣かせてんのは俺か。
最悪の男やな。
切ないメロディーが止んで、また大きな拍手が湧いた。
渚が二、三度瞬きをしたら、涙はどっかに消えた。
にっこり笑って、俺から視線を外して。
MCもそこそこに、観客を盛り上げながら三曲目。
聴いたことあらへん歌やけど、心地ええ。
押し込めとったはずの自分の気持ちを認めたら、全部辻褄が合うことに気がつく。
引退して渚がおらへんようになって、むしゃくしゃしててんな、とか。
ステージに出てきたときに変な気分になったんは、俺の知らへん渚がおったんやっちゅー焦りと嫉妬やったんやろな、とか。
なんや俺、かっこ悪すぎへんか。
まあええか。