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短編集【庭球】

第11章 教師にラブソングを〔渡邊オサム〕


渚が文化祭でバンドやるらしいって話は、テニス部のやつらから嫌っちゅーほど聞かされとった。

仕事がようできて、気は利くしノリもええし、唯一のマネージャーとしてお世辞抜きによう頑張ってくれとったから、渚が引退してからの部員らは、いわゆる「渚ロス」状態。
三年の引退で白石のリーダーシップがのうなるんが一番痛いやろと思ってたのに、渚がいなくなる方がよっぽど、部としての損失やったらしい。




渚は俺のことが好きなんやろなって気がついたのは、いつやったやろか。

部活中、時折感じた熱っぽい視線とか、目が合うと顔赤くして逸らすんとか。
けど、単なる憧れを好きと勘違いしやすい年代やっちゅーことも、この年代のそういう気持ちが移ろいやすいっちゅーことも俺は知っとったから、素知らぬふりを決め込んどった。

渚は人気者やったから、そのうち白石あたりとくっつくんやないかと思ったのもある。


けど結局、引退するまで渚は誰とも付き合わんかったし、俺に送られる視線もずっと変わらへんかった。
打ち上げで遅なって車で送ったときは、この年代特有の勢いで告白でもされたら何て返そうかなんて頭の片隅で心配しとったけど、それもなかった。

ほっとしたっちゅーか、拍子抜けしたっちゅーか、淋しいっちゅーか。
何を期待しとんねんっちゅーか、自分がアホくさくてしゃーないっちゅーか。
とにかくなんとも言えへん気持ちになって、俺は渚の引退後、煙草の消費量が三割増しになった。





一曲目が終わって、大きな拍手と歓声がステージに注がれた。
流行に疎い俺でも聴いたことがあった、ロックバンドの有名なラブソング。
お前やないとあかんのや、って歌ったヒット曲。

ステージでは、渚がマイクスタンドからマイクを外して「おおきに、ありがとう」なんて照れ臭そうに言うとった。

歌声やないのに、鳥肌がまだ治まらへん。
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