第11章 教師にラブソングを〔渡邊オサム〕
本番前。
体育館の舞台の袖で深呼吸する。
リハーサルはちょっと失敗してしもたけど。
衣装のライダースジャケットは借り物やし、舞台用の派手なメイクも髪型も、自分ではできひんから軽音楽部の女の子に頼んでしもたけど。
練習が嘘をつかへんことは、何よりテニス部で教えてもろたから大丈夫やって、不思議と自信があった。
「頑張ろな」「せやな」って誰からともなく言って、笑い合って。
暗転した舞台の真ん中に立って、照明係の子に合図する。
スポットライトに照らされると、ワァァッて地響きみたいな歓声が起きた。
オサムちゃんとは普通に話せそうになかったから何も言ってへんけど、今日のことはテニス部の誰かから伝え聞いとるやろなって気がした。
オサムちゃんはどこで聴いとってくれるんやろか、って思った自分に気がついて、こんなときにも考えてしまうんはオサムちゃんのことやねんなって、自分に呆れて笑えた。
ドラムのスティックが四回鳴って、一曲目、ギターのイントロが始まる。
マイクスタンドをぎゅっと握った。
* *
目も耳も、完全に奪われてもた。
見慣れたジャージ姿やなくて、なんやらホットパンツで脚丸出しで、ロック歌手みたいな格好して。
結構きつめの化粧も、セットした髪も、部活やっとったときとはまったくの別人や。
スピーカーを通ってきた歌声はハスキーやのに甘くて、しかもどっかセクシーで、鳥肌が立った。
なんやねん、めっちゃかっこええやんけ。
そんな歌上手かったなんて、俺聞いてへんで。
スポットライトを浴びる渚を、ひたすら見つめる。
いつの間にか、息するんも忘れとったくらいや。
目の前の世界が全部渚になるって言ったら言い過ぎやろか。
五感が奪われるってこんな感じなんちゃうか。