第75章 君のその手で終わらせて〔真田弦一郎〕
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嗚咽が落ち着き始めたときに差し出されたのは、道中で買ってきてくれたらしいスポーツドリンクだった。
そういえば彼が来る前も、泣きすぎて喉が渇いていたんだったと思い出す。
ありがたく受け取って口をつけると、ソファに座る私に向き合うように、弦一郎はラグの上で正座を始めた。
床に座る方が落ち着くのだと前々から言っていたけれど、胡座のことが多かったのに。
「…ごめんね、泣いたりして」
「いや。本当に大丈夫なのか?」
私が頷くと、弦一郎は小さく「そうか」とだけ言って口をつぐんだ。
緊張が伝わってくるような眉間のしわと、固く握られた手、彼にしては珍しくそわそわと落ち着きのない様子。
別れ話をしに来たけれどなかなか切り出せずにいる、そんな空気がありありと伝わってくる沈黙。
「わざわざ来てくれてありがとう」
「いや、礼には及ばん」
「相談があるって言ってたじゃない、何だった?」
弦一郎は言いにくそうに視線を左右に揺らして「また日を改めよう。体調が優れないときにする話ではない」と言葉を濁した。
ああ、やっぱり私から話さなければ。
このまま押し黙っていれば結論を先延ばしにすることもできてしまうけれど、それはついさっきまで私が望んでいたことでもあるけれど、それでは彼をずっとここに縛りつけてしまうことになる。
もらった優しさを仇で返すようなことは、彼にだけはしたくなかった。
呼ぶのは最後になるかもしれないと思いながら、弦一郎、と名前を声に乗せた。
「…別れよっか」
私から切り出されることは想像していなかったのだろう、がばっと勢いよく顔を上げた弦一郎は、目を見開いて驚いているようだった。
彼の背後では、つけっ放しのテレビにラブコメ映画の紹介文が映し出されたまま。
現実は映画のようにうまくいかないな、と思ったのは何度目だろうか。