第75章 君のその手で終わらせて〔真田弦一郎〕
「病院には行ったのか? 行っていないのなら今からでも行こう、車で来たから多少遠くても送っていける。何か買い出しが必要なら…」
一見誰よりも厳しそうな顔をしているくせに、弦一郎は誰よりも情に厚くて優しい。
体調が悪いなんて私の安っぽい嘘を信じて、普段はタクシー移動が多いのにわざわざ車で来てくれて、惜しみなく世話を焼いてくれる。
けれど今は、その優しさが残酷だと思う。
目の前に困っている人がいたら全力で助ける、それは彼にとっては当たり前のことで、相手が恋人であるかどうかは問題ではないから。
弦一郎はもう、私のことなんて何とも思っていないのだろうに。
別れる決心がどうしてもつかなくて、仮病まで使って会うのを断ったのだと知ったらきっと、ひどく幻滅するのだろうに。
終わらせるつもりなら、いっそこっぴどく踏みにじってくれれば嫌いになれるのかもしれないけれど、それを絶対にしないのが弦一郎で、私は彼のそういうところが好きなのだから、本当に救いようがない。
ただでさえ映画で緩んでいた涙腺が決壊するには充分だった。
何も言わずぼろぼろと泣き出した私を見て、弦一郎は「ど、どうした?!」とわかりやすく取り乱した。
「どこか痛むのか」「救急車を呼ぶか」と背中をさすりながらの問いに、なんとか首を横に振る。
ああ、ずるいのは私の方だ。
情に厚い弦一郎が人一倍涙に弱いことを、私は知っている。
ずるくて、自分本位で、身勝手だ。
優しい彼はきっと、別れを切り出せなくなってしまう。
私はひとまず逃げ切った気でいたけれど、別れの瞬間はもう目の前まで迫っている。
もう避けられないのなら、私から切り出さなければと思った。
弦一郎が一番楽になれるように。
嘘を吐いた挙句、涙まで見せてしまった私の、せめてもの贖罪。