第75章 君のその手で終わらせて〔真田弦一郎〕
「俺とはもう別れたいと…いうこと、か」
「……それはあなた次第じゃないかな」
弦一郎の問いには、否定も肯定も返さなかった。
思っていない以上、別れたいとはどうしても言えなかったし、正直な彼の前ではこれ以上嘘を重ねたくなかった。
「…飽きてしまったのか? 連絡の頻度が足りなかったか? それとも他に相手が…」
「そういうことじゃなくて」
「ではどういうことなのだ!」
立ち上がりかけて膝立ちになった弦一郎は、狭い部屋で出すにしては声が大きすぎたと気がついたのか、気まずそうに「…すまん」と声を落とした。
「お前の言い分も無論聞かねばならんが…俺はお前を手放せと言われても、おいそれとは応じられん」
「…え?」
目を見開いた私に、弦一郎は「俺が諦めが悪いことはお前も知っているだろう」と、苦しいような悲しいような、見たことのない表情で笑った。
別れ話をしに来たんじゃないの、という疑問が浮かんでは消える。
別れ話ではないのだとしたら、彼は何を言うためにここに来たのだろう。
考えてみるけれどちっともわからない。
「…弦一郎が相談があるって言ってたの、てっきり別れ話だと思ってた」
「む…」
「別れたいわけじゃないの。紛らわしいこと言っちゃってごめん」
「…そうか、それならいい」
ほっと表情を緩めた弦一郎に、私はまだこんなにも愛されているのだと思い知る。
私が勝手に不安になっていただけで、彼はずっと同じ質量で私のことを想ってくれているのだ。
嬉しさを噛み締めていると、弦一郎が「その、また改めてと思ってはいたのだが…」と切り出した。
「…うん」
「結婚を申し込みたいのだ」
「えっ」
思ってもいなかった申し出に、驚きと喜びがないまぜになって押し寄せてくる。
弦一郎は少し照れ臭そうに、けれど真剣な眼差しで私を見据えていて。
「妻になってはくれないだろうか」と畳みかけられたら、泣かずにはいられなかった。
うん、うん、と何度も頷きながら泣く私に、弦一郎は「それは嬉し涙ということでいいのか」と聞きながら、また背中をさすってくれた。