第74章 Flavor of love〔亜久津仁〕
「…え」
お風呂場のドアを開けると、見慣れないバスタオルが置いてあった。
使えということだろうと判断して、さっそくそれで髪を拭く。
何の模様もない真っ白なバスタオルは、黒やグレーのダークトーンで統一されたこの部屋のインテリアからはかなり浮いていた。
珍しいな、と思いながら持ってきてもらった下着をつけようとしたところで、その下に白いTシャツが置いてあるのに気がついた。
仁が何度か着ているのを見たことがある。
あたりを探しても、クローゼットにしまってあったはずの私の部屋着はどこにもない。
このTシャツを着ろということなのだろうか。
* *
「お風呂ありがとう」
私が声をかけると、キッチンの換気扇の下で煙草を吸っていた仁は、吸い殻を灰皿に押しつけた。
「お前、本当に小せえな」
「仁が大きいんだよ…ていうかなんでこれ?」
Tシャツは見た目以上に大きくて、私が着るとお尻まですっぽり隠れてしまう。
仁がふっと笑うと、肺の中に残っていた煙が立ち上った。
私の問いかけを無視した仁は、肩にかけていたバスタオルを手に取る。
そのままばさっと広げて、私に頭からかぶせた。
「うわっ」
「白い布と白い服なんざ、これくらいしかねえんだよ」
タオルで視界が遮られていて彼の表情は窺い知れなかったけれど、確かに耳に届いたその言葉の意味を、何度も考える。
普段は使っていない、白い布に白い服。
さっき見ていたドレスとベールの代わり、のつもりだろうか。
「憧れ、なんだろ」なんて言われたら、私は彼に愛されているのだと自惚れてしまう。
バスタオルをおそるおそるめくってみる。
仁が呆れたように「自分から上げるモンじゃねえんだろ、それ」と言ったのを見て、思い上がりではなかったことを知った。