第74章 Flavor of love〔亜久津仁〕
仁は言いたくなさそうに煙草をふかしてしばらく黙っていた。
昔から素行の悪さで名高い自分と歩いているところを見られたら私の評判まで下げてしまうから、と視線を合わせずに紡がれた言葉が彼の本心なのかどうか、正直そのときは判断がつかなかった。
それ以降も、デートの定番コースのような場所を頑として拒むことに変わりはない。
でも、ことあるごとにバイクで明け方の海に連れ出してくれたり、夜景の穴場スポットに連れて行ってくれたり、人目につきにくいようにと仁なりに譲歩して、デートをしてくれるようになった。
今日のように、飲み会帰りの私を迎えに来てくれるついでに深夜の街をのんびり歩くというのも、私たちにとっては立派なデートなのだ。
仁は知らないだろう、私が飲み会終わりに必ず化粧直しをしてから──彼の好きな赤い口紅を塗り直してから──店を出ていることを。
パンプスの踵の音がビルに跳ね返ってくるのが聞こえて、どこまでも静まりかえっていることを実感する。
誰もいないのをいいことに私から赤信号を一つ無視してみたら、半歩遅れた仁が少し驚いたようにこちらを見た。
いかにも信号無視の常習犯のような顔をしているくせに、と思ったら面白くて「そういう意外とモラル高いところ、好きよ」と茶化すと、拗ねたように視線を外した仁からは「そうかよ」という投げやりな呟きが返ってくる。
意外と、は余計だったかな。
そんな反省をしたときだった、少し先のビルのショーウィンドウに目を奪われたのは。
「わあ…」
組んでいた腕からするりと抜け出して、ショーウィンドウにぺたりと張りつく。
レースが幾重にも重なった、純白のウエディングドレス。
なんて綺麗なのだろう。
凛として清廉で、思わずほう、と感嘆のため息が出る。