第74章 Flavor of love〔亜久津仁〕
*亜久津=大学生、ヒロイン=社会人設定
飲み会の間に雨は上がったらしかった。
ひんやりと湿った深夜の空気が、お酒で火照った身体には心地いい。
最寄りの駅へ向かった同僚たちとは逆方向へ歩いて数分、とうに終バスの過ぎ去った停留所の柱に寄りかかっていたのは、見慣れた背の高い影。
水たまりを踏み抜かないように小走りで駆け寄ると、「おい、転けんぞ酔っ払い」と小言が降ってくる。
「大丈夫、だって仁が受け止めてくれるでしょ」と悪びれず笑った私に恋人は小さく舌打ちをしたけれど、私の抱えていた紙袋と傘を当たり前のように持ってくれる手つきはやっぱり優しくて。
酔っているのも手伝ってか、それがなんだか無性に嬉しくて、荷物を軽々と奪っていった手とは逆の腕に自分のそれをするりと絡めた。
夜更けのオフィス街に、私たち以外の人影は見当たらない。
人通りの多い昼間とは違う、時折タクシーが通るだけの街並みを二人で歩くのが、私はとても好きだった。
仁は、いわゆるデートを嫌う。
付き合い始めた頃、どこにも出かけたがらない歳下の恋人にはずいぶんやきもきとさせられたものだ。
一人ではどこへでも出向くくせに、私が一緒に行きたいと言うと途端に顔をしかめる仁に、実は他にも女がいて私の存在を知られたくないのかも、と考えてしまったのは致し方なかったと思う。
それとなく聞いても上手くはぐらかされる気がして、「ちょっと大事な話をしたいんだけど」なんて、結構険呑な雰囲気で問い詰めたのをよく覚えている。