• テキストサイズ

短編集【庭球】

第72章 エンドロールをぶっとばせI〔ジャッカル桑原〕


それだけでも充分に飲みすぎる理由たりえたと思うけれど、続いて赤也までもが「俺もこないだプロポーズしたんスよ」と言ったものだから、お酒の量をまた増やさざるを得なくなった。
置いていかれてしまったような、なんともいえない切なさと不安と、焦燥感。
飲みすぎない理由はどこにもなかった。

ジャッカルは途中から隣に座っていて、ハイペースでジョッキをあおる私を「おい、大丈夫かよ」と心配してくれていたっけ。
ビールをハイボールに切り替えたところまではなんとか思い出せたものの、そのあとは記憶が切り取られてしまったようにごっそりと抜け落ちている。
この頭痛と呼気の感じから考えるに日本酒も飲んでいる気がするのだけれど、記憶の欠片すら見つけられそうもない。
年忘れ、なんてかわいらしいレベルじゃない、忘れすぎだ。


はあ、と吐き出した何度目かわからないため息は、やっぱりまだ酒臭くて。
記憶を辿っていた間に、自分の部屋のバスルームとは比べものにならない広さのそこには蒸気が満ちてきつつあった。
薄く曇り始めた鏡に視線を遣ると、写し出された自分の胸元に、いくつかの鬱血痕が見えた。
見てはいけないものを見てしまったような感覚に襲われて咄嗟に視線をそらしたけれど、そんなことをしても無駄だということは自分が一番わかっている。

腰回りの鈍痛と、ほんの少しひりつく秘部。
その意味がわからないほど私は若くないし、踏んできた場数が少なくもない。
枕元に必ず二つ置いてある正方形のパッケージ、そのうちの一つが破かれていたのも、ベッドを抜けてくるときに確認済みだ。
動転していたのによくそんなことにまで気を配る余裕があったものだと、自嘲の笑いが漏れる。
積み重ねてきた実戦経験が生きたと喜ぶ気には到底なれないけれど。
/ 538ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp