第72章 エンドロールをぶっとばせI〔ジャッカル桑原〕
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シャワーしてくる、とだけ言い置いて、バスルームに駆け込んだ。
ベッドサイドに落ちていた、使った形跡のあるバスタオルを引っ掴んできたけれど、ジャッカルはシャワーを浴びていたのだろうか。
妙に早く打っている脈に合わせて痛む頭は、働くことを放棄したいと訴えているようだけれど、そういうわけにはいかない。
深呼吸しようと吸った息が、そのまま大きなため息になった。
シャワーのカランをひねると、やたらと広いバスルームにお湯が跳ねる音が響く。
どろどろに崩れた化粧をクレンジングで洗い流したら、ほんの少しだけすっきりした気がした。
いったん頭の中を整理しなければ。
昨日はテニス部の忘年会だった。
二度負けた──常勝と謳われ、二度しか負けなかった黄金世代の私たちは、幸村の病気もあって、マネージャーの私を含めてレギュラーメンバーの結束が本当に強かった。
三十を目前に控えた今も、半年に一度の飲み会は欠かさず開かれている。
プロに転向して以降、年末のこの時期にしか帰国しない幸村と真田の二人が参加したこともあって、昨日はずいぶん盛り上がった。
中学時代に世界大会で顔を合わせていたフランスの選手と十年ぶりに再戦しただとか、試合後にどんな話をしただとか。
うん、ここまではちゃんと覚えている。
なんで記憶がなくなるほど深酒したんだっけ。
記憶が消えている間、大人しくずっと眠っていられるのならいいのだけれど、経験上そうでないことが痛いほどわかるだけに、焦りが募る。
…ああそうだ、幸村と真田の話が一段落したとき、おもむろに仁王が「入籍した」と言い出したのだ。
半年に一度顔を合わせるたびに彼女が変わっていた、結婚から一番縁遠いだろうと誰もが思っていた、あの仁王が。
私も含めてみんな度肝を抜かれて、大騒ぎになった。
ただ、仁王ほどではないにしろそこそこ爛れた異性交遊を繰り返してきた私としては、勝手に仁王のことを同類だと思ってきたから、驚きの中に一抹の淋しさを感じてもいた。
「そろそろ年貢の納め時かと思ってのう」と言った仁王はいつものすました表情を浮かべているつもりだったのだろうけれど、その口元はにやつきが隠しきれていなくて。
本当に幸せなのだと、容易に想像させる横顔だった。