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短編集【庭球】

第71章 いのち短し 走れよ乙女〔忍足謙也〕


前に回り込まれて進路を失った私が立ち止まると、謙也くんは「…それ重いやろ、とりあえず貸しや」と言いながら私が抱えていたアンケートの束を片手で軽々と持っていって、もう片方の手で私の肩に触れた。
「その…大丈夫、か?」と躊躇いがちに覗き込んでくる瞳がひどく優しくて、また涙がこみ上げてくる。
ぼろぼろと涙をこぼした私に、謙也くんはぎょっと目を見開いて、慌てて肩に触れていた手を引っ込めた。
涙でぼやけていても、謙也くんがどうしたらいいかわからないという面持ちをしているのが手に取るようにわかった。


「な、泣くほど嫌やったらちゃんと言うてや…すまん、もうせんから泣かんとって」


心臓はさっきから破裂しそうなくらいに大きな音を立てて、寿命がものすごい勢いで削られている。
身体中に命の危険を知らせる警報音が鳴り響いているみたいだ。
自分の心臓だというのにちっともコントロールできなくて、自分が自分じゃなくなってしまうようで怖くて、もう私は本当に死ぬんじゃないだろうか。


「…違うの、嫌なんじゃなくて…どきどきしすぎてる自分が怖いの」


涙声でそう伝えると、謙也くんがひゅっと息をのむ音がした。


「……なんやねん、それ…めっさ可愛いってわかって言うてる?」


小さくそう言った謙也くんは、明るい色の髪をくしゃくしゃとかき混ぜながら私に一歩近づいた。
「部活あるのに、待たせちゃってごめん」と改めて謝ると、謙也くんは「確かに待つんは苦手やけど」と一旦言葉を切って、熱っぽい視線を私に投げた。


「さっきのは待ってたんやなくて…いや、結果的に待ってることになったかもしれへんけど、林ともう少し一緒にいたかってん」


「せやから謝らんとって、な?」と続けた謙也くんは、少し言い淀んでから、けれどはっきりと「林のこと好きやねん。俺と付き合ってください」と言って。
私の返事を急かすように「…あかん?」と首を傾げた。
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