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短編集【庭球】

第69章 失楽園に咲く花は〔幸村精市〕*


「…俺から離れていっちゃうのかと思った」


小さく、細い声。
その言葉を聞き終わらないうちに強く抱きしめられて、予想していなかった身体が上手く反応できずにいる。
だって、精市から離れるなんて、そんなことあるわけないのに。
死んでしまってもいいから精市と繋がっていたいとまで願った、というのに。


「どれくらい不安になったかわかるかい?」
「……ううん」
「もうテニスができなくなるかもしれないって思ったときと同じくらいだよ」


ぎゅう、と心が痛んだ。
精市にもう病気の面影はないし、気を遣われるのは嫌だと自分からその過去を蒸し返すようなこともしないから。
私は、自分が思っている以上に精市を傷つけてしまっていたらしい。
できる限り優しく、精市の背中に腕を回す。


「ごめん…、でも大丈夫、だから」
「うん」
「これからも一緒にいて、ね?」
「うん…ふふ、ありがとう」



しばらくそうしていたら、精市が「裸で抱き合ってると、またその気になってきちゃうな」なんて言うから慌てて飛び退く。
私の顔がよっぽど必死だったのか、精市は「冗談だよ、あはは」と笑った。
まだ身体が悲鳴を上げていて二回戦なんて無理に決まっている、のだけれど。
心の底でちらりと「冗談じゃなくてよかったのに」なんて考えてしまった自分に気がついて、本当に馬鹿だなあ、と思う。
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