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短編集【庭球】

第69章 失楽園に咲く花は〔幸村精市〕*


*裏注意
*高校生設定




部屋に入るなり、壁に縫い止められた──いや、正確には押しつけられた、か──それも、いささか乱暴に。
どん、とひどく鈍い音がした背中からは、息が止まるような衝撃が半歩遅れてやってくる。
後頭部をぶつけたらさぞ痛かっただろう、反射的に首を縮こめた自分のことを褒めてやりたい。
そう思いながらそっと目を開ける、と。


「…どういうつもり?」


囁くような小さな声は、主語も何もない、唐突な問いだ。
思わず「え」と聞き返しながら顔を上げると、強い視線に射抜かれる。
見るものすべてを凍らせてしまいそうな、絶対零度の瞳。
先ほどの行為を咎めるつもりだった「痛い」という台詞も瞬時に凍てついて、精市に届くことなく私のお腹に逆戻りしてきた。

精市はどうやら、怒っている。
私に対して、かなりの重さと激しさで。

精市は背負っていたラケットバッグを、床に落とすように置いた。
勢いはそのままに、腕を通さずに羽織っていた制服のブレザーも払い除ける。
珍しい光景に私が目を瞬かせている間に、精市は上にブレザーの引っかかったラケットバッグを足蹴にして、邪魔だと言わんばかりに離れたところに押しやって、私をさらに驚かせた。
周辺の空気が、一気にびりりと緊張する。

この状態の精市を宥めることも、ここから逃げることもできそうにない。
なぜ、と問うより先に、私は覚悟を決めざるを得なかった。
これから起こることに対しての、強固な覚悟を。
無意識のうちに詰めていた息を、細く吐き出す。
それを合図にしたかのように、精市は冷たい瞳のまま、薄く笑った。


「察しのいい子は好きだよ」


スポーツをやっているだなんて思えないほど華奢で色白な人差し指が、私の首をつうと撫で下ろした。
その指に決して力は入っていないのに、私はいつもぴくりとも動けなくなるのだ──そう、ちょうど十字架に磔にされた罪人のように。
この時点でもう、私がこれから嫌というほど啼かされることが決まっていて、その淫靡な予感だけで私の中心ははしたなく濡れる。
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